人権対応水準の高度化 ― EU強制労働規制への備え(その2)
前号では、EU強制労働規制(EU Forced Labour Regulation:EUFLR)の概要と企業への影響について解説しました。EUFLRは、強制労働によって生産された製品について、EU市場での販売・流通、EUへの輸入、EUからの輸出を禁止する規制であり、2027年12月14日から適用が開始されます。違反時には、対象製品のEU市場への投入禁止、市場からの撤去・回収、輸出制限等が行われる可能性があり、企業にとっては単なる人権・サステナビリティ上の課題ではなく、売上、在庫、物流、取引継続に直接影響し得る市場アクセス上のリスクとなります。
2026年6月、欧州委員会はEUFLRの実施に向け、企業向けガイドラインを含む初期的な支援ツールを公表するとともに、Forced Labour Single Portalを公開しました。これにより、企業がEUFLRへの準備を進める上での方向性がより具体化されています。
EUFLRガイダンスで明確になったポイント
今回のガイドラインで改めて明確になった重要な点は、EUFLRが企業の方針や報告書そのものではなく、強制労働により生産された「製品」を対象とする規制である点です。特定の製品またはそのサプライチェーンの一部に強制労働が関係していると判断された場合、その製品はEU市場から排除される可能性があります。そのため、企業には、自社製品がどこで、どのように、どの原材料・部品を用いて生産されているのかを把握し、強制労働リスクがどの段階で生じ得るのかを説明できる体制が求められます。
また、当局による執行はリスクベースで行われることが示されています。当局による調査対象選定においては、強制労働の規模・深刻度、対象製品の数量、事業者とリスクとの近接性、事業者がサプライチェーンに対して行使し得る影響力等が考慮されます。EUFLR自体は人権デューデリジェンスを一律に義務付けるものではありませんが、企業が強制労働リスクをどのように特定・評価し、予防・軽減し、是正・救済に取り組んでいるかは、調査時の重要な判断材料となります。したがって、従来型のサプライヤー監査や契約上の表明保証だけでは十分とはいえず、製品単位でのサプライチェーン可視化、トレーサビリティ、ステークホルダーとのエンゲージメントなど、より実効的な体制の整備が求められます。
欧米以外でも強制労働規制は拡大
強制労働規制の強化はEUだけの動きではありません。米国では従来よりウイグル強制労働防止法(UFLPA)や関税法第307条に基づく違反産品保留命令(WRO)等を通じて、強制労働により生産された製品の輸入規制が強化されており、輸入者にはサプライチェーン上に強制労働がないことを示す証拠が求められています。2026年には米税関・国境警備局(CBP)が複数の強制労働関連制度を横断する新たな執行ガイダンスを公表し、輸入審査がサプライチェーン全体のデューデリジェンスに広がる方向性も示されています。
さらに、欧米以外でも、インド、インドネシア、パキスタン、エルサルバドル等において、強制労働により生産された商品の輸入禁止措置や関連制度の導入が進んでいます。こうした背景には、人権尊重に対する社会的要請の高まりに加え、米国による強制労働対策の強化や通商政策上の影響もあると考えられます。
新たな課題:中国を含むサプライチェーン管理
日本企業にとって特に難しい課題は、中国を含むサプライチェーンへの対応です。UFLPA、WRO、EUFLR等への対応では、サプライチェーンの上流まで遡ったトレーサビリティ調査、労働者情報の確認、特定地域・企業との関係確認等が必要となる場合があります。一方、中国では、2026年に公布された中国国務院令第834号「産業チェーン・サプライチェーン安全規定」[1]および第835号「外国による不当な域外管轄措置への対応条例」[2]により、サプライチェーンに関連する違法な情報収集や外国規制への協力行為について、中国法上のリスクを確認する必要性が高まっています。
そのため企業は、欧米規制が求める透明性・説明責任と、中国側の情報管理・対抗法制との双方を踏まえ、製品の販売市場、調達先、製造拠点、原材料の由来、必要な証拠水準、情報取得の実現可能性を確認しながら、どの市場向けにどのようなサプライチェーン網を構築するか検討する必要があります。
人権管理体制の6つのレイヤー
上述のとおり、近年の人権規制は、企業全体の人権デューデリジェンス、年次開示、商品・原材料別のデューデリジェンス、市場アクセス規制が重層的に組み合わされる方向に進んでいます。企業にとっては、個々の規制に都度対応するのではなく、自社の人権管理を6つのレイヤーで整理し、一貫した仕組みとして設計することが重要です。
- 1)企業横断型の人権デューデリジェンス:企業グループ全体として人権リスクを特定・評価し、防止・軽減、是正、苦情処理、モニタリングを継続的に実施する基盤となる取組。(CSDDD等への対応)
- 2)新規投資・M&A・JV・新規開発時の人権・E&Sデューデリジェンス: 新規投資、企業買収、JVへの参画、新規開発事業等について、投資・契約前に労働、人権、地域社会、土地取得、住民移転、先住民、サプライチェーン等のリスクを確認し、投資判断、契約条件、改善計画及び投資後のモニタリングに反映する取組。
- 3)年次開示・サステナビリティ報告:人権リスク、デューデリジェンスのプロセス、対応状況、対応の実効性等について、投資家、顧客、規制当局に説明できる状態を整える取組。(CSRDや各国の現代奴隷法等への対応)
- 4)商品・原材料別デューデリジェンス:特定の商品・原材料について、サプライチェーンの把握、トレーサビリティ、リスク評価、予防・軽減措置を行う取組。(EU森林破壊防止規則、バッテリー規則、紛争鉱物規則等への対応)
- 5)製品単位の説明責任と市場アクセス管理:販売市場、製品特性、原材料、調達地域、サプライヤー構造を踏まえ、高リスク製品・高リスクサプライチェーンに加え、主要なサプライヤーや戦略的重要製品について、優先的にサプライチェーンの可視化と証拠整備を進めることが重要です。(EUFLR、UFLPA、WRO等への対応)
- 6)法域間調整・サプライチェーン戦略:欧米の人権・強制労働規制により製品単位でのトレーサビリティやサプライチェーン上の説明責任が求められる一方、中国においては情報収集や外国規制への協力行為について現地法上の制約を確認する必要があります。したがって企業は、販売市場、調達構造、製造拠点、取引先との関係を踏まえ、どの市場向けにどのようなサプライチェーンを構築・維持するかを、経営レベルで検討する必要があります。(異なる法域間の調整)
おわりに
強制労働規制への対応は、もはや「EUFLRへの個別対応」ではなく、人権デューデリジェンス、サプライチェーントレーサビリティ、年次開示、市場アクセス管理、法域間調整・サプライチェーン戦略を一体化する取組として捉える必要があります。2027年12月のEUFLR適用開始までは、企業が基盤を整備するための重要な準備期間といえます。
ERMは、国際的な人権デューデリジェンス、サプライチェーンリスク評価、トレーサビリティ向上、規制対応ギャップ分析、苦情処理・救済メカニズムの設計等に関する豊富な支援実績を有しています。EUFLRをはじめとする人権分野への対応についてご質問・ご相談がございましたら、ぜひお問い合わせください。
ダウンロードはこちら[1] 国務院、産業チェーン・サプライチェーンの安全に関する規定を発表(中国) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース - ジェトロ
[2] 中国国務院、外国による不当な域外管轄措置への対応に関する条例を公布、即日施行(中国) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース - ジェトロ