新たな気候ファイナンスの潮流とトランジションファイナンスの現在地

2025年11月22日、COP30が閉幕した。最大のハイライトは、新たな気候ファイナンス目標(New Collective Quantified Goal on Climate Finance, NCGG)の合意である。先進国から途上国に向けた気候ファイナンス(緩和・適応)について、最低限3,000億ドル/年、さらにはすべての公的・民間ソースを活かし1.3兆ドル/年の動員を目指すという高い目標が示された。パリ協定採択から10年という節目の年に、野心的な方向性を示した点で画期的である。もちろん「絵に描いた餅」としないためには、官民双方の実行力が問われる。尚、緩和と適応の具体的な内訳は示されなかったが、途上国向け資金の流れとしては、直近の実績に沿った緩和7割・適応3割程度が目安となるだろう。

気候緩和分野では、今年は途上国だけでなく先進国を含め、世界的な政治環境の変化やAI普及に伴う電力需要増を背景に、電力セクターの脱炭素に関する議論に新たな潮流が見られた。なかでも象徴的なのは、ガス火力と原子力(SMR等)である。COP30でも、2023年の第1回グローバル・ストックテイクにて合意された「化石燃料からの脱却(transitioning away)」を根拠に、その交渉過程で多くの国が合意文書への「化石燃料の段階的廃止(phase-out)ロードマップ」の明記を求めたが、そのような文言が最終文書から外れたことは現在の国際環境をよく示している。すなわち、脱炭素の重要性は共有されているものの、世界は今なお石油・ガス依存から離脱できる状況にはないということである。

こうした文脈では、再エネを対象とするグリーンファイナンスでは支援が難しい技術を後押しできるトランジションファイナンスの重要性が一層高まっている。ガス火力はCO₂を排出するものの、石炭火力に比べてクリーンであるため正当性がある。一方で、中長期的にはカーボンニュートラルや1.5~2℃目標と乖離しないよう、CCUSや水素利用などを含む計画に基づいたアカウンタビリティの確保が不可欠であることは、今後も繰り返し強調されるべきであろう。また原子力もトランジションファイナンスの対象になり得るが、推進に当たっては安全性を最優先に、環境・社会面への配慮の徹底が求められる。

このように、パリ協定の目標実現に向けては、現実主義に一定寄り添いながらも、本来の目的を見失わない姿勢が重要である。実際GFANZに代表されるように、そもそものトランジションファイナンス議論の中心には、石炭火力の早期フェーズアウトがある。現在でも、シンガポールにおいて同テーマで「トランジションクレジット」の発行が議論されていることは、心強い動きである。さらに、トランジションファイナンス評議会を設立した英国においても、パスウェイ型のトランジションファイナンスの枠組みの中で、化石燃料ベースの発電とどう向き合うかについての議論が深まることが期待される。

気候適応ファイナンスの新局面:指標整備と民間金融イノベーションが拓く突破口

気候適応分野について、NCQGで具体額こそ示されなかったものの、大規模な資金動員が期待される。一方、各先進国は財政赤字を抱えており、公的資金のみで投資を賄うには限界がある。このため、エビデンスに基づき費用対効果を最大化する適応投資(例:防災インフラ整備など)を推進する重要性がさらに高まると考えられる。また、途上国支援を巡る先進国側の政治的制約を踏まえると、「気候適応」といった文脈に限定せず、食料安全保障など先進国自身にとっても優先度の高い政策目的と結びつける形で、海外農業の“クライメートスマート化”支援へ資金を動員する、といった工夫も必要になると考えられる。

COP30では、資金面だけでなく指標面でも大きな前進が見られ、GGA (Global Goal on Adaptation)の枠組みのもと、適応関連の計59指標が合意された。今後、これら指標を活用したファイナンス商品の開発の進展が期待される(例:適応投資の成果指標と連動させたサステナビリティ・リンク商品)。

成果指標の活用以外にも、あの手この手で民間資金を適応分野に巻き込むことが肝要である。例えば、東京都のレジリエンス債は、資本市場からの資金動員の一例である。また、機関投資家の関心テーマと気候適応を関連付ける研究も重要になるだろう。例えば、気温上昇に伴う熱中症などの健康被害の増加は、生命保険会社にとって保険金支払い増を招くシステミックリスクとなり得る、そのため機関投資家としての生命保険会社にとって、個別には採算性が低い気候適応投資(暑熱対策など)であっても、長期的なリスク低減を目的として資金を振り向ける合理性も生じ得る。さらに、従来から自然災害向けに商品を提供してきた損害保険のリスクシェア機能も、各種テーマに応じて今後一層重要性を増すだろう。

気候適応は、リスク・リターンの見通しが立ちにくく、純粋な民間金融プレーヤーのみでは資金が十分流れにくい領域である。ゆえに、官民の多様な金融を組み合わせた創造的イノベーションが不可欠となる。

ネイチャーファイナンスが見据える地平:地球規模の経済・金融トランスフォーメーション

自然・生物多様性分野に目を向けると、COP30ではTFFF(Tropical Forest Forever Facility)の創設が公表された。森林保全に価値を置く仕組みであり、アマゾンでのCOP開催を主導した議長国ブラジルの肝入りである。まだ様子見の国も多い中、ドイツの積極的なリーダーシップが際立っている。またCOP30の期間中、MDBsはネイチャーファイナンスの定義とタクソノミーを提示した。その内容は森林保全も含みつつも、それだけに留まらず、経済全体のトランスフォーメーションを意識したものであり、より幅広いセクターの取組み変革を促す方向性が強調されている。

それでは、2026年にアルメニアで開催される生物多様性COP17では何が主要議題となるだろうか。正式なアジェンダはまだ示されていないものの、2022年に採択されたGBF(Global Biodiversity Framework)から4年の節目にあたり、2030年ミッションおよび各ゴールの中間進捗レビューが中心となる見込みである。年間2,000億ドルの資金動員目標に対するレビューも注目される。気候変動と同様、公的資金には限界があるため、今後は民間資金の役割がより一層重要になると期待される。企業活動が自然に負荷を与えているという現実を踏まえれば、なおさらである。

ではどうすればネイチャーポジティブに資する事業へ投融資が向かうようになるだろうか。そのためには、単なる情報開示にとどまらず「インパクト」に焦点を当てた方法論の確立が不可欠である。すなわち、「自然・生物多様性の損失や増加をどのように測るのか」「どのような行動が自然・生物多様性関連のインパクト改善につながるのか」といった論点に答えることで、望ましいインパクト創出の方向性が定まる。

次に、金融の大きな流れを変えるには、自然の経済価値化とそれを意思決定に組み込む仕組みが必要となる。GBFターゲット14が国・企業・金融機関に対して“Integrate Biodiversity in Decision-Making at Every Level”ということを求めているが、その究極形として自然の財務価値化が位置付けられる。これには森林や土壌による炭素吸収機能の価値(=カーボンクレジット)も含まれ、気候-自然ネクサスを代表する領域として拡大・普及することが期待される。

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